どうしていいやら
偶然、ではないけれど、夕焼け色はとうに過ぎた中庭のベンチには彼がいた。
見慣れた光景なのに、いつも心臓がキュッとする。
書類を抱えたまま、ベンチまで数歩歩く。
「よ!今日は遅ぇな。まだ仕事あんの?」
「いいえ、今日はもう終わりましたわ。会議が長引いただけですわよ。」
「じゃあ待ってるからメシいこーぜ!」
屈託ない笑顔に、ふわっと仕事の緊張がほぐれるのがわかる。
「ふふっ、わかりました。すぐに準備してきますわね。」
おう!と元気な返事の後、うーんとのびをする彼に、つい頬が緩んでしまう。
つい一週間前にプレゼントしてもらった髪留めを鞄に入れているし、
今日こそはつけてみようかしら…なんて考えながら、事務室へ戻ろうとした。
「髪伸びたなーお前。アレつけねーの?」
唐突な言葉に振り向くと、彼は笑いながら自分の額付近を指さしている。
…まさに今考えていた髪留めのことらしい。このひとは、私の考えている事が読めるのかしら。
「…そうですわね。今日鞄に入れてますし、つけてみようかしら…」
「あ、そうなの?丁度いいじゃん!さすが俺!!」
今日、なんて言ったけど、本当はずっと鞄に入っている。
しまい込んでいるわけじゃない。いつもつけようとして、でもなんだか気恥ずかしくて、
だけどそのプレゼントが嬉しくて、出しては鞄に戻すの繰り返しをしてしまっているだけ。
「じゃあ、つけてきますわ。少し待っていて下さいましね。」
普段髪飾りなんてつけないものだから、ヘアピンですら手間取ってしまう自分が、ちょっと情けない。
「つけてやるよ」
「へ? い、いいですわよ別に!自分でそれくらいできますわ…」
…多分、手間取るであろうことは無意識のレベルで彼にばれている。
思わず目をそらして、口ごもってしまう。子供っぽいなと自分で苦く思う所だけれど、どうにも彼の前では直りそうにない。
いつのまにかベンチから立ち上がった彼が、私の眉間を指で優しくつついた。
「また眉間に皺。いいって遠慮すんなよ。俺プロデュースだぜ心配ねえって!」
違う、そこじゃなくって。
大きくて優しい手がすぐ近くにあって、その笑顔に頬がかあっと熱くなるのがわかる。
彼には他意がないのは、とてもよく知っているから余計に恥ずかしい。
「すっ…すぐに準備してきますわ!」
一息にそう言って、私は事務室に駆け出した。
…準備する間に、頬の火照りはおさまるのかしら。